北魏楷書の代表。張猛龍碑の方筆と康有為の評価

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北魏楷書の代表。張猛龍碑の方筆と康有為の評価

張猛龍碑、康有為が絶賛した魏碑

清の末、書論家の康有為(こうゆうい)は、自著『広芸舟双楫(こうげいしゅうそうしゅう)』の中で「魏碑無不佳者(魏碑に佳ならざるものなし)」という、ずいぶん極端な言葉を残しています。北魏(ほくぎ)時代の石刻書法を指す「魏碑(ぎひ)」は、優美に洗練された唐代の楷書(唐楷)に比べると、長く一段低く見られがちな存在でした。その評価を大きく押し上げたのが、この康有為という人物でした。

康有為が数ある魏碑の中でも名指しで絶賛したのが、今回取り上げる「張猛龍碑(ちょうもうりょうひ)」です。「結体(けったい、字の組み立て)は書表現の極み」とまで言い切られたこの碑には、いったいどのような魅力があるのでしょうか。

この記事では、張猛龍碑の成立背景、康有為による再評価の物語、書風の特徴、臨書のポイントを解説します。これまで紹介してきた九成宮醴泉銘・孔子廟堂碑・雁塔聖教序・顔勤礼碑は、いずれも唐代に完成された洗練美を持つ楷書(唐楷)でした。張猛龍碑はそれより一時代さかのぼる、唐楷とはまた違った魅力を持つ北魏の楷書です。

張猛龍碑とはどのような碑なのか

張猛龍碑は、北魏の正光(しょうこう)3年(西暦522年)に建てられた石碑です。正式な名称を「魏魯郡太守張府君清頌之碑」といい、魯郡(ろぐん、現在の山東省南部にあたる地域)の太守(たいしゅ、地方長官)を務めた張猛龍(ちょうもうりょう)という人物が、学校を興して教育を振興した功績を頌(たた)えて建てられました。碑の裏面(碑陰)には、建碑に関わった官吏たちの名が刻まれています。

張猛龍碑もまた、文字を清書した人物の名が伝わっていません。これまで紹介してきた曹全碑や泰山刻石と同じく、作者不明のまま今日まで高い評価を保ち続けてきた古典のひとつです。

碑石は現在、山東省曲阜(きょくふ)市の孔廟(こうびょう、孔子を祀る廟)の境内にある漢魏碑刻陳列館に所蔵されています。長い年月の間に風化・剥落が進み、碑の表面には大きな亀裂が走り、下半分は判読が難しい箇所も少なくありません。それでも、上部に残る碑額「魏魯郡太守張府君清頌之碑」の文字をはじめ、碑の随所に力強い筆致を今も見て取ることができます。

日本にも伝わる張猛龍碑の拓本

張猛龍碑の拓本(たくほん)は、日本の美術館にも所蔵されています。東京国立博物館は紙本墨拓(しほんぼくたく)1幅を収蔵しており、台東区立書道博物館(中村不折が蒐集した書道資料を収める館)にも拓本が伝わっています。2011年には両館の連携企画展「拓本とその流転」で、この張猛龍碑の拓本が実際に展示されました。中国・北魏の石碑が、遠く離れた日本の美術館でも大切に受け継がれているのです。

康有為による魏碑再評価の物語

張猛龍碑(紙本墨拓、東京国立博物館蔵、出典:ColBase, https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TB-453)
張猛龍碑(紙本墨拓、東京国立博物館蔵、出典:ColBase, https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TB-453)

張猛龍碑をはじめとする魏碑が、今日のように高く評価されるようになった背景には、清代末期に起きた書論上の大きな転換があります。

それまで、北朝(ほくちょう)時代の石刻書法は、優美に洗練された唐代の楷書の下に位置づけられがちでした。この評価を大きく覆したのが、清末の書論家・康有為です。康有為は『広芸舟双楫』の中で「魏碑無不佳者(魏碑に佳ならざるものなし)」「魏碑に十の美あり」といった言葉で魏碑を徹底的に礼賛し、張猛龍碑についても「結体は書表現の極み」と、強い言葉で評価しました。

張猛龍碑そのものについても、古くから「正法虬已开欧虞之门户(その正しい法は、すでに欧陽詢(おうようじゅん)・虞世南(ぐせいなん)への門戸を開いていた)」と評され、「魏碑第一」と称されてきたと伝えられています。つまり、九成宮醴泉銘の欧陽詢や孔子廟堂碑の虞世南といった、唐代を代表する書家たちの書法の源流の一つとして、張猛龍碑を位置づける見方があるのです。

「筆跡ではなく石工の仕業」という異論も

もっとも、康有為の評価にはすべてが手放しで賛同されてきたわけではありません。民国時代の学者・王国維(おうこくい)は、北朝の石碑に見られる角張った趣について「伝世する北朝の碑板の多くは方折(ほうせつ、角張った折れ)で拙く見えるが、それは石工の彫刻によって生じたものであり、紙と墨による本来の筆跡がそうだったわけではない」という趣旨の指摘を残しています。また書家・沙孟海(さもうかい)も、康有為が刻み手の技量という要素を考慮せずに魏碑全体を一律に礼賛したことについて、批判的な見方を示しました。

石に刻まれた線の角張った鋭さが、書き手の筆そのものによるものなのか、それとも彫刻した石工の技術によるものなのか。この論点は、魏碑を鑑賞するうえで今も興味深い視点を投げかけています。

張猛龍碑を書くときのポイント

張猛龍碑の書風は、角張った鋭い起筆・収筆を特徴とする「方筆(ほうひつ)」を基調としながら、字の中心部分(中宮)をぎゅっと引き締め、そこから八方に筆勢を放つように画を展開させる、変化に富んだ構えを持っています。綿密でありながら雄強、整然としていながらところどころに険しい趣をのぞかせる。この相反する要素の同居こそが、張猛龍碑ならではの魅力です。

北魏期の楷書は、やや扁平か正方形に収まるようなスタイルをとることが特徴の一つですが、張猛龍碑はこの時代の中でも、姿態の美しさがひときわ際立つ一碑と評されることがあります。

臨書の際に意識したいポイントとしては

  • 方筆による起筆・収筆:角を立てるように筆を入れ、鋭く力強い印象を与える
  • 字内空間を狭く:字の中の白の空間をできるだけ狭くすることで重厚感が生まれる。字が大きくなりすぎないようにも意識する
  • 分間布白の不均一さ:字の中・字と字の間の空間配分を、わざと均一にはしない。このアンバランスさが飄逸(ひょういつ)な趣や面白さを生み、整いすぎない北魏楷書らしい魅力につながる
  • 空間疎密による引き締まり:不均一な空間の中にも自然な疎密のリズムが生まれることで、字全体に引き締まりがつく
  • 雄強さと精緻さの両立:力強い構えでありながら、点画の配置や軽重の配分は緻密に計算されている
  • 字形の変化:同じ部首・構えでも一字ごとに表情を変え、紙面全体に躍動感を生む

以上が挙げられます。黒々とした紙面構成に仕上げることを意識すると、北魏楷書らしい重厚な味わいがより引き立ちます。特定の筆画には習得に時間のかかる難所もありますが、方筆という北魏楷書ならではの用筆に親しむ入り口として、多くの書家・教育機関が張猛龍碑を高く評価してきました。

これまで紹介してきた唐代の楷書(九成宮醴泉銘・孔子廟堂碑・雁塔聖教序・顔勤礼碑)が、唐という時代の中で洗練を重ねた末の端正な美しさを持つのに対し、張猛龍碑はそれより一時代前、北魏という時代の持つ素朴な力強さと、緻密な構成とが同居した書です。唐楷に慣れた方がこの碑に触れると、その印象の違いに新鮮な驚きを感じるはずです。

拓本の実物を手元でじっくり眺めてみると、康有為が「書表現の極み」と評した緻密な構成がより実感できます。個人的には、張猛龍碑なら中国法書選の一冊がおすすめです。三井家(聴冰閣)旧蔵の明初拓(明代初期の拓本)を初めて影印したもので、見ごたえがあります。

張猛龍碑[北魏/楷書] (中国法書選 23)

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