孔子廟堂碑とは?虞世南の「向勢」と九成宮の違いを解説

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孔子廟堂碑とは?虞世南の「向勢」と九成宮の違いを解説

「向勢」と「背勢」という対比

楷書の基礎を九成宮醴泉銘で学んだ方が次に出会うことが多いのが、「孔子廟堂碑(こうしびょうどうひ)」です。

九成宮醴泉銘が縦画をわずかに内側へ引き締める「背勢」を特徴とするのに対し、孔子廟堂碑は縦画を外側へふくらませる「向勢」を特徴とします。同じ初唐の楷書でありながら、まったく対照的な美学を持つ二つの法帖です。

書いたのは初唐の三大家の一人、虞世南(ぐせいなん)。この記事では、孔子廟堂碑の成立背景・虞世南という人物・九成宮醴泉銘との書風の違い・臨書のポイントを、順を追って解説します。

孔子廟堂碑とはどのような法帖なのか

孔子廟堂碑は、中国・唐時代の書家 虞世南(558〜638年)が撰文・揮毫した石碑です。

唐の皇室は、武徳9年(626年)、長安の国子監(当時の最高学府)にあった孔子廟を再建することを命じ、虞世南はこのとき69歳で碑文の執筆を任されたと伝えられています。

もっとも、廟の整備や碑そのものの完成にはその後数年を要したとみられ、碑が実際に完成・建立された時期については、史料によって貞観2〜7年(628〜633年)ごろと記述に幅があります。

虞世南とはどのような人物か

孔子廟堂碑を書いた虞世南は、欧陽詢・褚遂良・薛稷とともに「初唐の四大家」の一人に数えられる書家です(薛稷を除き、欧陽詢・褚遂良との3人を「初唐の三大家」と呼ぶこともあります)。

558年に生まれ、博覧強記で知られていたと伝えられています。

書は、王羲之の七代目の子孫にあたる僧・智永(ちえい)に学んだと伝えられています。王羲之の書法を受け継いだ南朝系の書風を身につけ、穏やかで気品のある「君子の書」と評されました。

唐の太宗(李世民)に重用され、秘書監などの要職を歴任しました。太宗からは「五絶」(徳行・忠直・博学・詞藻・書翰のすべてに優れる)と称賛されたと伝えられています。

欧陽詢が北朝系の鋭く引き締まった書風を持つのに対し、虞世南は南朝系の柔和な書風を持つとされ、対照的な存在として語られることが多い書家です。

「孔子廟堂碑」の名前の意味

孔子廟堂碑という名前は、次のような言葉から成り立っています。

孔子廟:孔子を祀るために建てられた廟(びょう、祖先や偉人を祀る建物)のこと。
堂:建物・御殿を指す言葉。
碑:功績や出来事を後世に伝えるため、石に刻んだ記念碑。

つまり「孔子廟堂碑」とは、「孔子廟(の御殿)の再建を記念する碑」という意味になります。

孔子廟堂碑はなぜ建てられたのか

唐の建国後まもない時期、朝廷は儒学を重んじる姿勢を示す目的もあって、孔子廟の再建や、孔子の子孫の処遇に力を入れていたと考えられています。

碑文には、孔子の23世の子孫とされる孔徳倫を「褒聖侯」という爵位に封じたことが記されており、孔子廟堂碑は、こうした文教(学問や教育)の振興を内外に示す記念碑としての役割も担っていました。

孔子廟堂碑、伝来をめぐる謎

孔子廟堂碑には、他の唐代楷書の名品にはあまり見られない、曲折を経た伝来の歴史があります。

建立から間もない時期に火災によって原碑が焼失してしまったと伝えられています。

その後、則天武后(唐の高宗の皇后で、後に自ら皇帝となった人物)の時代に碑が再刻されたとも伝えられていますが、いつ・どのような経緯で原碑そのものが最終的に失われたのかについては、資料によって説明が分かれており、正確な経緯は判明していません。

現在わたしたちが目にすることができる孔子廟堂碑は、いずれも後世の重刻本・翻刻本です。代表的なものに次の2種類があります。

  • 陝本(西廟堂):宋代初期に王彦超によって重刻されたとされる碑。現在、西安碑林博物館に所蔵されています。文字がやや太めなのが特徴と言われています。
  • 城武本(東廟堂):元代に出土したと伝えられる重刻碑で、現在は中国・山東省の成武県博物館に所蔵されています。陝本に比べて文字がやや痩せた印象だとされています。

また、日本にも貴重な拓本が伝わっており、東京国立博物館にも孔子廟堂碑(重刻)の拓本が所蔵されています(本記事の画像は、この東京国立博物館所蔵の拓本をもとにしています)。

さらに特筆すべきこととして、原碑が失われる前に採られたと伝わる、唐代の拓本そのもの(唐拓孤本)も、日本に伝わっているとされています。清代の収集家・李宗瀚が所蔵していた貴重な4件の名品「臨川李氏四宝」の一つがこの孔子廟堂碑の唐拓孤本で、のちに日本の三井家の収蔵(聴冰閣)に渡り、現在は東京の三井記念美術館が所蔵していると複数の資料に記されています。これは東京国立博物館が所蔵する重刻本とは別の、原碑にもっとも近いとされる拓本です。日本への伝来の正確な時期や経緯までは判明していませんが、このように孔子廟堂碑の第一級の資料が日本国内に伝わっていることは、あまり知られていない興味深い事実です。

原碑を直接見ることができない孔子廟堂碑だからこそ、拓本を通じて虞世南の筆致を読み取る楽しみがある、とも言えるでしょう。

孔子廟堂碑を書くときのポイント

孔子廟堂碑の最大の特徴は、「向勢(こうせい)」と呼ばれる字形にあります。

これは、縦画がわずかに外側へふくらむように書かれる構造で、九成宮醴泉銘に見られる「背勢(内側に引き締まる構造)」とは正反対の性質です。

孔子廟堂碑 冒頭部分(東京国立博物館蔵、出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp/)
孔子廟堂碑 冒頭部分(東京国立博物館蔵、出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp/)

臨書の際に意識したいポイントとしては

  • 向勢:縦画を中央でわずかに外側へふくらませる
  • 外柔内剛:外見の柔らかさの内側に、芯の強さを込める
  • 紡錘形の字形:欧陽詢の鋭い形と異なり、ふっくらとした紡錘形を意識する
  • 自然な筆圧の変化:右払いなど、徐々に太くなり自然に筆を抜く
  • ゆったりとしたリズム:一字一字を急がず、静かな呼吸で書き進める

以上が挙げられます。

欧陽詢の九成宮醴泉銘が「峻厳・緊密」な書風であるのに対し、虞世南の孔子廟堂碑は「温和・寛容」な書風だと評されることが多く、この対比こそが初唐楷書の奥深さを物語っています。

すでに九成宮醴泉銘で学んだ方は、「正確な字形把握」の力を活かしつつ、向勢による柔らかなふくらみを意識して取り組んでみると良いでしょう。

孔子廟堂碑はどの版で学ばれていますか。私自身は中国法書選をよく使いますが、紙面の見やすさは好みが分かれるところでもあります。もし普段愛用している法帖があれば、ぜひコメントで教えてください。

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