礼器碑とは?細身で切れ味のある隷書の最高峰
礼器碑、碑文の先に続きがあった
石碑に刻まれた文字といえば、正面に並ぶ碑文を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。ところが「礼器碑(れいきひ)」の場合、文字が刻まれているのは正面だけではありません。裏面、そして左右の側面にまで、びっしりと文字が刻み込まれています。
そこに記されているのは、碑文の続きではありません。この碑を建てるために力を貸した人々、つまり寄付をした役人たちの姓名と寄付した金額の一覧です。
この記事では、礼器碑の成立背景、四つの面すべてに文字が刻まれた理由、書の特徴、臨書のポイントを解説します。
礼器碑とはどのような石碑なのか
礼器碑は、後漢の桓帝の時代、永寿二年(えいじゅ、156年)に建てられた石碑です。正式名称を「魯相韓勅造孔廟礼器碑(ろしょうかんちょくぞうこうびょうれいきひ)」といいます。
碑文の内容は、魯国(現在の中国・山東省曲阜〈きょくふ〉周辺)の相(しょう、地方長官にあたる官職)であった韓勅(かんちょく)の功績を称えたものです。韓勅は、孔子の子孫である顔氏・亓官氏の一族に対して徭役・賦税を免除し、孔子廟の祭祀に用いる礼器(祭祀用の器物)を新たに整え、廟や関連の施設を修繕しました。碑文はこうした功績を記録し、韓勅を顕彰する内容になっています。
碑を建てることを発案し、実際に功績を挙げたのは魯相・韓勅ですが、碑面の文字を実際に清書した人物の名は伝わっていません。
碑は現在、山東省曲阜市にある曲阜漢魏碑刻陳列館に所蔵されています。
礼器碑の四面に刻まれた記録

礼器碑の碑石は、高さ227.2センチ・幅102.4センチ。その四つの面すべてに文字が刻まれています。正面には序文と銘文が16行・1行36字で刻まれ、韓勅をはじめとする9人の題名(氏名の記載)が続きます。そして裏面には3列・各17行、両側面にも合わせて7列の文字があり、そのいずれもが、碑を建てるために寄付をした役人たちの姓名と寄付した金額の記録です。
つまり礼器碑は、碑文という「本文」だけでなく、その建立を支えた人々の記録までも石に刻んで後世に残した石碑だということになります。現代の言葉を借りれば、支援者の名簿をそのまま石に刻み込んだようなものだと考えると、イメージしやすいかもしれません。
清書者不明ながら隷書の最高峰
礼器碑の碑面を清書した人物の名は伝わっていませんが、その書は後世、隷書の最高峰の一つとして高く評価されてきました。清代の学者・王澍(おうじゅ)は著書『虚舟題跋』の中でこの碑を評し、「瘦勁如鐵、變化若龍、一字一奇、不可端倪(痩せて鉄のように勁〈つよ〉く、変化は龍のごとく、一字一字が奇にして測りがたい)」と述べています。別の学者・郭尚先も「超邁雍雅(並外れて品格高く優雅である)」と評しました。
実際、碑の書風を見ると、正面は引き締まった緊張感のある書風であるのに対し、側面以降はやや伸びやかな表情に変わるとも指摘されています。清代の学者・楊守敬は碑側の文字について「鋒芒如新、尤其飄逸多姿(刃先のように鋭さが新しいままで、ことに飄々として多彩な姿を見せる)」と評しました。一つの碑の中に、面ごとの書風の違いが見られることも、礼器碑の魅力の一つとされています。
「孔廟三碑」としての位置づけ
礼器碑は、同じ曲阜の孔廟に伝わる乙瑛碑(153年)・史晨碑(碑の表は169年、裏は168年の記年を持つ)とあわせて「孔廟三碑」と総称されることがあります。3碑とも孔廟の祭祀・管理に関わる行政上の記録という共通点を持ちながら、乙瑛碑が正面にのみ文字を刻むのに対し、礼器碑は四つの面すべてに文字を刻むという違いがあり、同じ孔廟三碑の中でも石碑としての成り立ちに個性が表れています。
礼器碑、日本に伝わる2つの拓本
礼器碑の拓本は、日本の美術館にも所蔵されています。
東京国立博物館には、礼器碑の拓本(列品番号TB-903)が所蔵されています。また、三井記念美術館にも、礼器碑の宋時代の拓本が所蔵されています。この拓本は、近代の三井財閥で要職を歴任した新町三井家9代・三井高堅(雅号:聴氷閣。読みは「ていひょうかく」、1867〜1945)が蒐集した「聴氷閣本」コレクションの一つです。同じ石碑の拓本が、異なる収集家の手を経てそれぞれ独立に日本へ伝わり、現在も異なる美術館に分かれて所蔵されているのは、興味深い事実です。
礼器碑の書の特徴
礼器碑の書風について、台北の国立故宮博物院は「碑文は隷書で、字姿は端正で厳粛、重厚でありながら上品」と評し、清代の学者たちも漢隷の典型として高く評価してきたと伝えられています。線は細く引き締まり、起筆・収筆にかけての変化に富み、扁平な字形の中に精妙な結構(字の組み立て)を見せる書風です。同じ孔廟三碑の一つである乙瑛碑が方整で法度の厳格な規律正しさに特徴があるのに対し、礼器碑は細身で切れ味のある線質と、随所に見せる変幻自在な運筆が特徴だといえます。
礼器碑を書くときのポイント
臨書の際に意識したいポイントとしては
- 蔵鋒(ぞうほう)の起筆:穂先を紙に対して垂直に、上から「トンと」落とすように入れる
- 水平垂直の縦横画:縦画・横画とも、きっちりと水平・垂直を意識して引く
- 扁平な字形:縦長ではなく、横に平たく書くことを基本とする
- 波磔(はたく)は鋭く:右に長く伸びる横画の終筆は、筆圧を強めながら鋭く払い、変化をつける
- 墨をたっぷりと含ませ、力を抜いて運筆する:礼器碑特有の細身で切れ味のある線は、力みからではなく、十分な墨と抜けた力から生まれる
- 脈を切らない:行書を書くときのように、できるだけ筆の穂先が紙から離れないよう意識を続けると、線に生きた表情が出る
以上が挙げられます。曹全碑が優美さ・流麗さで評価される隷書であるのに対し、礼器碑は細身で切れ味のある線質と変幻自在な運筆に特徴があります。同じ八分隷の完成期を代表する2つの碑を見比べることで、隷書という書体の幅の広さがより立体的に見えてくるはずです。
礼器碑に興味を持った方には、中国法書選の一冊をおすすめしたいです。細身の線の一画一画まで、精細に観察できます。
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礼器碑[後漢/隷書] (中国法書選 5)

礼器碑 (中国法書選 5)
石碑の裏や側面にまで、建立を支えた人々の名前が刻まれていたと知ると、古典の見方も少し変わってくるのではないでしょうか。礼器碑について感じたこと、普段取り組んでいる隷書の古典があれば、ぜひ教えてください。蒲田書道教室では、仲間と一緒にさまざまな古典に触れながら学べます。ぜひ一度遊びにいらしてみませんか。
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