「天下第二行書」祭姪文稿に見る顔真卿の草稿

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「天下第二行書」祭姪文稿に見る顔真卿の草稿

祭姪文稿、塗りつぶした跡を残した理由

書作品には通常、下書きと清書があります。下書きで文字の配置や筆の運びを確かめ、納得のいく一枚だけを「作品」として仕上げる、というのが一般的な制作の流れです。

ところが、唐代の書家・顔真卿(がんしんけい)が遺した「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」は、下書きの状態のまま今日まで伝わり、しかも行書の歴史上屈指の名品として扱われています。文中には34字もの塗りつぶし・書き直しの跡がそのまま残っており、誰の目にも「未完成」に見えます。

なぜ、この書き損じだらけの草稿が、蘭亭序に次ぐ「天下第二行書」とまで呼ばれるようになったのでしょうか。

祭姪文稿とはどのような書なのか

祭姪文稿は、唐の乾元元年(758年)に顔真卿が記した文章の草稿です。正式な題名を「祭姪贈賛善大夫季明文」といい、顔真卿の甥にあたる顔季明(がんきめい)の霊に捧げた弔文(ちょうぶん)の下書きにあたります。

全体で234字、そこに34字の塗抹(とまつ、塗りつぶし)を加えると268字におよぶとされています。行書と草書が入り混じった筆致で書かれており、蘭亭序のような完成された清書ではなく、感情のおもむくまま一気に書き下ろされた文章であることが、文字の乱れからも見て取れます。

現在は台北の国立故宮博物院に所蔵されています。

安史の乱に引き裂かれた一族

祭姪文稿が書かれた背景には、唐王朝を揺るがした大乱「安史の乱」があります。

天宝14年(755年)、節度使(せつどし、地方軍の司令官)の安禄山(あんろくざん)が反乱を起こすと、顔真卿の従兄(いとこ)にあたる顔杲卿(がんこうけい)は、常山郡(じょうざんぐん、現在の中国・河北省正定県付近)の太守(たいしゅ、郡の長官)として反乱軍に抵抗しました。しかし翌756年、反乱軍の将・史思明(ししめい)に常山を攻め落とされ、顔杲卿と、その末子であった顔季明は、乱の犠牲となってしまいました。

戦乱が落ち着いたのち、顔真卿は一族の遺骸を探させましたが、見つかったのは顔杲卿の足一本と、顔季明の頭蓋骨だけだったと伝えられています。この痛ましい知らせを受けて、顔真卿が甥の霊に向けて書いたのが、祭姪文稿です。

唯一遺る、塗りつぶし跡の草稿

祭姪文稿の文字は、書き出しこそ比較的落ち着いていますが、文章が進むにつれて筆の勢いが増し、墨の濃淡も激しくなっていきます。言葉を選びかね、書いては塗りつぶし、書き直しては続けた、その推敲(すいこう)の跡が、紙面にそのまま刻まれているのです。

通常であれば、こうした書き損じは清書によって覆い隠されるものです。しかし顔真卿は、甥を失った悲しみと、反乱軍を止められなかった無念さのただ中でこの文章を綴っており、体裁を整える余裕そのものがなかったと考えられています。結果として、塗抹の跡は「失敗の証拠」ではなく、「感情がそのまま筆に表れた記録」として、後世高く評価されることになりました。

顔真卿には、同じ年に成立した「祭伯文稿(さいはくぶんこう)」、のちの「争坐位文稿(そうざいぶんこう)」とあわせて「顔真卿三稿」と呼ばれる作品群がありますが、真跡(しんせき、本人が直接書いた実物)として現存するのは、この祭姪文稿ただ一作のみです。ほかの二作は、のちの時代に石や木に刻まれた拓本・刻帖としてしか伝わっていません。

「天下第二行書」と呼ばれる理由

祭姪文稿(部分、国立故宮博物院蔵、出典:Wikimedia Commons、パブリックドメイン)
祭姪文稿(部分、国立故宮博物院蔵、出典:Wikimedia Commons、パブリックドメイン)

祭姪文稿は、元代の書家・鮮于枢(せんうすう)が跋文(ばつぶん、書物の末尾に添える評)の中で「天下第二行書」と評したことから、この呼び名が広く知られるようになりました。王羲之の蘭亭序が「天下第一行書」、のちに蘇軾(そしょく)の黄州寒食詩巻が「天下第三行書」と並び称され、あわせて「天下三大行書」とされています。

整った形の美しさを追求した蘭亭序に対し、祭姪文稿が評価されているのは、技巧を凝らす余裕すらない状況で記されたという成立の経緯そのものです。書は人間性の表れであるという見方に立てば、取り繕う間もなく綴られたこの草稿こそが、顔真卿という人物の心のありようを最も率直に伝えている、という評価につながっています。

祭姪文稿、2019年に日本初公開

祭姪文稿は、2019年1月16日から2月24日にかけて、東京国立博物館で開催された特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」で、日本国内で初めて公開されました。台北の国立故宮博物院が所蔵する門外不出に近い至宝が初めて海を渡ったとあって、大きな話題となった展覧会です。

展覧会の公式資料では、祭姪文稿について「最初は平静に書かれていますが、感情が昂ぶるにつれ筆は縦横に走り、思いの揺れを示す生々しい推敲の跡が随所に見られます」と紹介されており、1300年近く前に記された一枚の草稿が、今なお見る者の心を動かす力を保っていることがうかがえます。

祭姪文稿を学ぶときのポイント

これまで紹介してきた顔真卿の顔勤礼碑は、晩年に自ら整えた楷書の神道碑で、雄大かつ端正な構えが特徴でした。同じ顔真卿の書でも、祭姪文稿はそれとは対照的な、行書と草書が入り混じった速筆の草稿です。公の場に出す「完成品」としての顔勤礼碑と、私的な悲しみを吐き出した「草稿」としての祭姪文稿。この二つを見比べることで、一人の書家が持つ二つの顔に触れることができます。

学ぶ際に意識したいポイントとしては

  • 筆速の変化:文章が進むにつれて筆の運びが速くなり、字形が乱れていく様子をたどる
  • 墨色の変化:濃く潤った墨と、かすれて枯れた墨が入り混じる様子に注目する
  • 感情と筆致の結びつき:技巧の美しさではなく、書き手の心情がどう筆跡に表れているかを読み取る

以上が挙げられます。整然とした楷書に慣れた方がこの草稿に触れると、その生々しさに戸惑うかもしれませんが、行書・草書への入り口として、顔真卿のもう一つの顔を知る貴重な手がかりになるはずです。

祭姪文稿そのものの実物を手元に置きたい方には、原本に加え同じ三稿のうち祭伯文稿・争坐位文稿もあわせて収めた一冊をおすすめしたいです。塗抹の跡まで精細に再現されており、紙面の迫力がよく伝わってきます。

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